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新宿(しんじゅく)は、東京都新宿区南西部にある新宿駅を中心とした繁華街であり、同地区の町名でもある。渋谷、池袋と並ぶ3大副都心の一つであり、日本を代表する繁華街・オフィス街の一つである。町名としては新宿一丁目から新宿七丁目が存在する。
西新宿に東京都庁が移転してきてからは西新宿をさして特に「新都心」とも呼ぶこともある。その名称はかつての甲州街道の宿場町・内藤新宿(ないとうしんじゅく)に由来している。

地名の由来

江戸時代、甲州街道は起点である日本橋から最初の宿駅である高井戸まで4里(約16km)という距離であり、起点と宿場までの間が長いため多くの旅人が難儀していた。
そこで1698年(元禄11年)、この地に新しい宿駅が設けられた。当時の信州高遠藩主であった内藤氏の中屋敷があったため、内藤新宿と称したことに起因している。この中屋敷跡が現在の新宿御苑であり、御苑のある地名も「内藤町」となっている。
なお、東京方言における「新宿」の本来の発音は「しんじく」であるとされていた。

駅周辺
駅周辺は日本有数の繁華街である。
繁華街の集客人員は164万人(2002年(平成14年))に達しており、統計では日本一となっている。また、1日の利用者数が約364万人(2007年(平成19年) 地下街で連結した西武新宿駅含む)を計上し世界一とされる新宿駅(ギネス・ワールド・レコーズ認定)を中心としているほか、徒歩圏の周辺駅も併せた『新宿エリア』の駅乗降者数は約403万人以上(2007年)を計上するなど、昼夜にわたり人波が途絶えることはない。このほか、デパート販売額や商品販売額では日本で初めて1兆円を超えるなど、繁華街として巨大な商圏を形成している。
なお、繁華街として一般に「新宿」と称される範囲は、地名としては概ね新宿区新宿・西新宿・歌舞伎町などである。また、新宿駅新南口は渋谷区に位置するが、タカシマヤタイムズスクエアや小田急サザンタワーが渋谷区にあることを意識する人はほとんどいない。
新宿駅東側
新宿駅の東側は老舗デパートや専門店・飲食店などが密集し、昼夜を問わず人の波が途絶えることはなく、銀座に次ぐ日本第二位の繁華街となっている。駅東口近くにあるスタジオアルタや中央東口の交番は、新宿でも屈指の待ち合わせ場所となっているが、特に夕方の終業時間になると著しく混雑する。三丁目の明治通り東方には新宿末廣亭という戦前から著名な寄席がある。既存の新宿武蔵野館、そして松竹、東映が映画館の再編成による改築で誕生させた新宿ピカデリーや新宿バルト9などシネコン・映画館もある。 伊勢丹、紀伊国屋書店、中村屋、新宿高野などの老舗が今も残る。なお、新宿の繁華街の東端には、新宿御苑があり、四季折々の移ろいを草木を通し楽しむことが出来る庭園として親しまれている。
新宿駅西側
新宿駅の西側は、1950年代までは西口には十二社池(じゅうにそういけ)といった大きな池もあり、戦前までは東京近郊の行楽地であった。そうしたことも関連し、1960年代までは東側に比べ長閑(のどか)で寂しい地域であった。しかし、このころ千代田区周辺の東京都心部に機能が集中していることが課題となり、新宿西口が副都心として位置づけられた。
1965年(昭和40年)には西口にあった淀橋浄水場が東村山市に移転し、その跡地に1971年(昭和46年)の京王プラザホテルを皮切りに超高層ビルが挙って建設され、後に新宿副都心と呼ばれるようになった。また東京都庁が1991年(平成3年)に有楽町からこの地に移転し、都心部に次ぐ商業集積地となった(この都庁移転以降、新都心と呼称される場合もある、ただし、青梅街道にある新都心歩道橋は都庁移転以前から存在する)。高層ビル近辺では1968年(昭和43年)に開園した新宿中央公園が都会のオアシスとして著名である。
駅に隣接する大型カメラ店や私鉄デパートなどの存在も欠かすことも出来ない。

なお、西口のやや北寄りには、太平洋戦争後すぐに形成された闇市を起源とする思い出横丁が存在する。ここには「赤ちょうちん」と呼ばれる小規模な居酒屋が密集し、変化の著しい新宿の町並みのなかでも戦災復興や昭和の時代の臭いを残している。そのすぐ北にはJR線の高架橋、通称・大ガードがある、下を走る青梅街道、靖国通りと小滝橋通りの交差する大ガード交差点周辺は交通の要衝のため夜間は著しく混雑する。
新宿駅北側
新宿駅の北側、歌舞伎町方面は飲食店やホテルが軒を連ねて巨大な歓楽街を形成している。いわゆる新宿ゴールデン街も歌舞伎町の中にある。西武新宿駅が至近である。一方、線路の西側である小滝橋通り周辺には、輸入、中古レコード店やライブハウスなどが目立ち、新宿駅の他の地域に比べれば人の往来は少なめである。
新宿駅南側
新宿駅の南側に面す新宿四丁目は、かって四谷旭町と言う住所で作家の林芙美子が下宿していた場所として知られる。入り組んだ路地に民家や旅館、個人商店などが都市開発の煽(あお)りを受けビルに阻まれる様に取り残されている雑多な地域であったが平成10年前後の再開発により、周辺には超高層ビルや大型デパートなどが次々と建設された。新宿タカシマヤから駅構内に直結するペデストリアンデッキ(歩道橋)が整備され、新たな人の流れを生み出している。戦後、満州からの引き揚げ者が餃子屋を多く営んでいた。 アルタと同様目印となる巨大ビジョン(FLAGSビジョン)がある駅南口、東南口は階段と周囲が一新されFLAGSのオープン以降は待ち合わせの人などで大変混雑するようになった。夕方から夜にかけてはアマチュア音楽家による演奏が行われ、家路を急ぐ人々などの注意を惹いている。吉本興業の芸人らが出演する劇場「ルミネtheよしもと」もある。なお、タカシマヤを含む甲州街道の南側は、新宿四丁目の一部を除き渋谷区千駄ヶ谷と代々木に属する。
なお、京王デパートと小田急デパートの間には「モザイク通り」という遊歩道があり、様々な店舗が軒を連ねている。西口から南口側へ抜けるにはここを通れば最短で便利である。
その他の周辺地域
街並みは新宿駅南口及び新南口至近の渋谷区代々木、千駄ヶ谷辺りにも波及している。また、近隣の中野坂上、初台などの開発は新宿の地続き的な発展として捉えていいだろう。

Wikipediaから引用(最終更新 2012年2月21日 (火) 21:41)