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地下鉄道(ちかてつどう)、略して地下鉄(ちかてつ)とは路線の大部分が地下空間に存在する鉄道である。

概要

定時性・安全性
地下を通る路線は地下を走行するため景色が存在せず観光用途には向かないが、高架橋の上を通る路線と同様に踏切や交通信号などの存在を介した道路など他の輸送システムとの相互干渉がないため、市街地が密集している大都市の中心部など本来、定時運行が難しい場所でも定時運行が可能であり、踏切事故などの交通事故の危険性も地上の鉄道路線に比べて低い。また地上を走る路線と異なり強風あるいは雨・雪・霧などによる影響も受けることがなく、この点も定時性確保に寄与している。運転時の視認性が悪いため、信号などの保安装置もより安全なものが採用されていることが多く、衝突事故の危険性も低い。
しかし、低所を走るため排水設備に不備があると水害の危険があり、近年はテロリズムの脅威が認識されている。また、欧米では防火設備の不十分な古い地下鉄も多く、木製の車両やエレベーターが存在しているところもある。
路線の構造
工法にもよるが、地下路線の建設が終了すると地下鉄建設に関係する資材や地下鉄の構造物による地上の土地の占有はほとんど無くなる。地上の構造物に影響を与えることなく地下に路線を建設できる工法もあり、その場合は工事中に道路の車線が減少するなどの地上の交通や都市の景観への影響が少ない。また市街地の地下に路線を通す場合、国によって事情は異なるが多くの場合、法律や地上の土地所有権などが絡む問題を回避する都合から道路(公道)の地下に通すことが多い。道路の地下に路線を建設すると、路線の形状やルートが都市の構造に依存するため、長い直線的な道路が地上に存在しない場所では路線が複雑に曲がりくねったりするほか、細い街路の地下にしか通せない場合、小型の車両を採用した路線になることも珍しくない。そのため、一部の路線で地形の都合や建設費削減のために地上区間や高架区間を併用することもある。
他の交通機関との連携
地下鉄と一般鉄道はハード面では互いに独立したシステムとなっている例が大半だが、ドイツ等では路面電車やバスを含めた大規模な共通運賃制度が実施され、ソフト面で連係が進められている例が多い。一部の路線では交通機関同士でダイヤグラムを調整したり、乗り場を同一平面に置くなど、円滑な乗換えが出来るように考慮されている。一方で相次ぐ路線の増設により、駅が離れていたり、経路の案内がわかりづらかったりと(同じ事業者の路線でも)乗継が不便になっている例もまま見受けられる。
郊外電車網が発達した日本とその技術協力で地下鉄を開業させた韓国では、地下鉄の軌道や電気方式などシステムを接続する一般鉄道のものと共通にして、相互に車両が乗り入れて直通運転し一体の路線を形成する例がある。フランスでも、これと似たようなものにRERがある。
なお、郊外電車の運営事業者が都心部で独自の地下線を有するケースがある。この場合、地下鉄と同じ役割を果たしていても地下鉄と認識されない場合が多い。
空港連絡鉄道としても重宝されており、世界の主要な都市の空港では地下鉄が乗り入れを行っているケースが多い。
費用
地下鉄は建設にも維持管理にも莫大な費用を費やす交通機関であることから、大量の輸送需要が見込める都市でないと建設・維持することが難しい。そのため、地下鉄のある都市の多くは100万人以上の人口を抱える都市圏である。さらに建設費の償還や維持費の確保のため、他の公共交通機関と比較すると運賃が割高な傾向がある。建設しても需要が予想をはるかに下回ったとき、路線を管理する団体には非常に大きな負担となる場合もある。さらに発展途上国の場合、維持していけるだけの需要が見込めるにもかかわらず経済的に建設できる能力がないとき、先進国からの政府開発援助(ODA)や世界銀行からの融資によって建設されることがある。
軍事利用
第一次世界大戦・第二次世界大戦の際、ロンドン地下鉄が防空壕の役割を果たしたことから、戦争や自然災害などの有事の際の大規模な避難所としての利用が想定されていることがある。その例として休戦状態の韓国ではソウルや釜山などで地下鉄と共に地下街や地下通路が多く整備されており、軍事都市の側面を持ち合わせている。北朝鮮の首都・平壌の地下鉄は地下150mという大深度に建設され、核戦争に備えている。これは、ソ連期に作られたモスクワやサンクトペテルブルクの地下鉄も挙げられる。ブルガリアの首都・ソフィアの地下鉄は駅の入り口に防爆扉がついている。軍事において兵力や物資の輸送も可能であるため、各国の軍隊によって物資輸送演習が行われることがある。
もっとも完全に安全という訳ではなく、日本では太平洋戦争の際、(日本で最初に出来たため)比較的浅いところを走る東京メトロ銀座線で空襲による損傷を受けており、現在でも銀座駅にその痕が一部に残存している。ロンドン地下鉄においても、直撃弾により大きな被害が出た例が複数ある。また、国会議事堂前駅や東京メトロ有楽町線のように有事を想定した建設が行われているという都市伝説が流布する例もある。

歴史
地下鉄の歴史は19世紀のイギリスのロンドンから始まった。1863年1月10日にメトロポリタン鉄道のパディントン駅~ファリンドン駅間、約6kmが開通した(現在のサークル線の一部)。当時のイギリスは鉄道の建設が盛んであったが、ロンドン市内は建物が密集しており地上に鉄道を建設できなかったためである。この路線を計画したのはロンドンの法務官であるチャールズ・ピアソンで、1834年に開通したテムーズトンネルをヒントにしたとされる。車両は開業当初から1905年に電化されるまでは蒸気機関車を使用していた。硫黄を含む煙が発生するため、駅構内は密閉された地下空間ではなく換気性を確保した吹き抜け構造となっていたほか、路線の一部も掘割であった。
地下鉄を意味する「メトロ」という単語の語源は、この「メトロポリタン鉄道」に由来している。そして、その「メトロポリタン鉄道」を語源として命名された、パリの地下鉄の略称である「Métro (Métropolitain)」から世界中にその呼称が広まったといわれている。但し、英語圏の国では「メトロ」という呼称はあまり一般的ではなく、イギリスでは”Underground”もしくは”The tube”、アメリカでは”Subway”と呼称するのが一般的である。それ以外の国では「メトロ」という呼称で呼ばれることが多い。
イギリスでの開業後はしばらく間があき、30年近くたった19世紀末~20世紀初頭に欧米の各地で建設されていく。1875年にトルコのイスタンブルで地下ケーブルカー(イスタンブル・トンネル)が開業した。1896年にハンガリーのブダペストでも本格的地下鉄が開業。ブダペスト地下鉄は当初から電化されており、これは地下鉄としては世界で最初の電化路線であった。さらに1898年にはアメリカ合衆国のボストン、そして1900年にはフランスのパリにおいて開通した。ドイツのベルリンでも1880年頃には地下鉄を通す計画が存在したものの反対勢力によって計画が遅れ、開通は1902年であった。
第一次世界大戦が開戦するまでには西ヨーロッパや北アメリカの大都市に、第一次世界大戦中から20世紀半ば頃まではヨーロッパ各地の中都市や日本を中心に建設が行なわれていたが、1970年代以降はアジアなどの発展途上国での建設が盛んになった。

Wikipediaから引用(最終更新 2012年4月25日 (水) 05:54)