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月島・佃島周辺歴史散策

築地から勝鬨橋、新富町から佃大橋を渡ると、月島・佃島に入ります。高層ビルが目を引く佃島ですが、その一画には今も江戸の漁村風景を彷彿とさせる船溜まりが残ります。

 

江戸時代の初めに徳川家康が摂津の漁民を江戸に呼び寄せ、佃島を築きました。この時に、佃島の渡船も始まり、以降、明治、大正を通じて欠くことのできない交通機関となっていました。昭和39年、佃大橋の完成により、渡船は廃止となりました。佃大橋の脇に佃島渡船碑が建てられています。

 

また、佃島の灯台であった石川島燈台は幕末に、石川島人足寄場奉行・清水純畸が隅田河口・品川沖航行の船舶のために、寄場の油しぼり益金を割いて築いたものです。人足寄場役所は現在の三井倉庫内にあたり、燈台は住吉神社水門の反対河岸にあったものを復元しています。

 

佃島の漁民達の崇敬を集めた住吉神社には、明治の初めに再建された水盤舎があります。頭貫上の中備には渡船、大帆船、網船、潮干狩など土地柄にふさわしい浮彫があることでも知られます。水盤は背面に「天保12年丑正月、白子組」と隠刻されています。住吉神社の鳥居には、額面縦81センチ、横46センチ、白地に呉須でコバルト色に「明治十五壬午歳六月三十日 住吉神社 一品幟仁親王」と焼き付けた陶製扁額が掲げられています。

 

さて、月島・佃島から勝どきへ歩を移すと、「東海道中膝栗毛」の作者、十返舎一九の墓(真円山東陽院)があります。一九は駿府で生まれ、大阪で近松余七と号して浄瑠璃作者となり、江戸に出て戯作に従事しました。辞世は「この世をばどりゃおいとまと線香の煙と共にはい左様なら」といかにも一九らしい言葉を残しています。

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